のんのんびより あどべんちゃー
はちゃめちゃ冒険編
こうへん
筆者 かがみん萌え
朝になりました・・・
明るくなった空は立体感あふれるような滝の流れる音で鳴り響いています。
並木の枝にはメジロの鳴く声が時折聞こえています。
私はこの清々しい新鮮な空気で深呼吸しています。
隣のテントでも、夏海先輩とれんげちゃんが出てきています。
「う〜ん・・・気持ちいいね」
「ええ・・・とっても」
「にゃんぱ〜〜す!」
「え?・・・」
「はっはは・・・いつもののれんちゃん流の挨拶だね」
「そうですね・・・朝はよく言っていますから・・・」
そこで、れんげちゃんが調子よく言葉を飛び出します。
「朝ご飯なのん!」
まるで、お子様がはしゃぐような仕草で両手を動かしています。
しかし、食材も食べ尽くしたので、何も残っていません・・・昨日と同じように自給自足をしなければならないのです。ともかく、熊だけは再出現しないことを祈るしかありませんけど・・・
「少し先の方へいって見ようよ・・・兄ちゃんが探していたところ」
「あっ、でも・・・先輩は、まだ寝ていますよ・・・」
「ああ・・・兄ちゃんも寝ているから、大丈夫でしょう」
私達3人は山道から少し降りた岩場の滝の方角へ歩いてみました。
「透き通って綺麗・・・」
間近で流れる滝はすごく新鮮で心地よいです。この醍醐味に惹かれる私は思いきり洗顔をしました。
この時、向こう側の樹木の枝に夏海先輩が何かを見つけます。
「おお〜!・・・こんな季節にヘラクレスだ〜!!」
「おお〜!・・・でかいん!」
「あら・・・珍しい」
ヘラクレスは甲虫類でも世界最長と言われているそうです。しかも、こんな場所で生息するのは珍しいことでしょう・・・虫の事は好きでない私ですが、この生き物を見て表情を和らげました。
「持って帰って売り飛ばせば、億万長者だぜ〜」
「ヘラクレスで億万長者にはならないと思いますが・・・(汗)」
勘違いにも浮かれてしまっている夏海先輩の目はすでに¥マーク状態です。
重宝のような昆虫を見た途端、どよめくれんげちゃんも何かを言い始めます。
「よし!・・・今日から君の名前はガングロに命名するん」
「ガ・・・ガングロ?」
「90年代に流行った言葉を、何でれんちゃんが使っているんだ・・・」
「私にはさっぱり・・・」
その当時、私は生まれていなかったため、その流行語がどのような意味で使われていたのかわかりませんでした。昆虫が黒いのはわかるけど、れんげちゃんが何の連想で会釈したのか・・・トレードマークのおとぼけ瞳に無表情な彼女の思考って一体・・・
「あっ!・・・逃げた!」
「こら〜〜・・・ウチのガングロ・・・待て〜〜!・・・」
空に向かって飛んでいるヘラクレスをれんげちゃんがかけ声を上げながら追いかけています・・・しかし、その昆虫は高い樹木の奥へと隠れていきました・・・
「れんちゃんが変な名前付けるから、怒って飛んで行っちゃったんだよ・・・」
「何かもったいないですね・・・」
やはり以心伝心のように伝わっているのでしょうか・・・その昆虫はれんげちゃんのことを毛嫌いしているようです。
2人のしょんぼりとしている後景を後にして、私は次の場所に足を踏み入れてみました。
「あら・・・木の実が咲いていますね」
「これって木イチゴだよね」
「おお〜!・・・すももが咲いているん」
「ドラゴンフルーツですよ」
「どうやら・・・食べられそうだ・・・持って帰ってみんなで朝ご飯だ!」
機嫌を取り戻した夏海先輩とれんげちゃんは、衣服の裾に入る分だけの木の実を詰めています。はしたなくも2人の格好はへそが丸出し状態になっています。
「みんな〜!・・・早く来て〜!」
テントへ戻ると卓先輩と小鞠先輩が手を振って、私達を迎えてくれます。
「おお〜、姉ちゃん達・・・もう、起きていたんだ」
「朝ご飯・・・準備したん?」
「まあ・・・可愛い後輩達のためにと思っていてね」
何処かしら見つけ出したのでしょうか・・・テントの中を確認すると、人数分の栗が揃えてありました。
「へえ〜・・・密かに探してきたんだ」
「まあね!(えっへん)」
「一応、お水は向こうの滝から汲んできましたけど・・・」
「滝の水ね・・・どれどれ・・・」
私が汲んできた大型の水筒を小鞠先輩がすすっています。
「う〜ん・・・新鮮!」
「流れる滝は透き通って綺麗でしたよ・・・私、少し水洗いもしました」
「いいな〜・・・わたしも一緒に行きたかったのに〜!」
「寝ているところ・・・起こしたら悪いなと思いまして・・・」
「まあ・・・姉ちゃんは朝に弱いからね〜・・・朝泣きすることだってあるし・・・(あはは)」
「何を・・・もう!」
からかいがいのある姉に夏海先輩がニヤっと微笑んでいました。恥ずかしくも小鞠先輩は頬をふくらましています・・・
「それじゃあ・・・みんなで頂こうよ」
「おお〜・・・食べるん!」
食材を並べたレジャー用ふろしきを中心に5人が爛々と朝ご飯を食べました。でも、木の実だけでは腹一杯にはならないようです。
特に成長時期である男子の卓先輩は満足していない様子です。私は少しだけお裾分けしてあげました。
テントを速やか片付けた私達は空き地から別ルートへと足を踏み入れて行きます。
れんげちゃんは、ここでも縦笛を吹き続けています。朝の音色はリズム感に乗ってしまう程に楽しくなるものですね・・・私は放課後での母と出会う約束があるのだから少し焦っています。
「あの・・・そろそろ帰らなくては・・・今日、お母さんが向かえに来ますから・・・」
「大丈夫・・・うちに任せておけって」
”ど〜ん”と胸を張りながら村への抜け道を探している夏海先輩です。
しかし・・・
「お腹がすいた(ぐ〜)・・・やっぱり、朝の木の実だけではもの足りない・・・(汗)」
歩いている間に腹の虫を鳴かしてしまいました。周りのみんなに気付かないように私は両手でお腹をしっかりと押さえています。
「ねえ・・・本当に帰れるの?」
「いや〜・・・その・・・この道なら行けそうだけどね・・・」
只今、不安な面持ちの姉・小鞠先輩に責められているようです。さっきの台詞とは違って、冷や汗が出始めた夏海先輩は方位磁石だけを頼りに抜け道を必死に探しています・・・
「向こうに橋があるん!」
そこで、隣山へ渡れる木造式の橋をれんげちゃんが見つけ出しました。
「渡って行けばきっと村を見つけられるん!」
「おお・・・そうだったな・・・さすがれんちゃん!」
まだ行ったことのない場所だのに、勝手に推測しているれんげちゃんです。彼女に促されている夏海先輩は平気で渡ろうとします・・・
「ちょっと・・・危ないよ!・・・万が一落ちたら命の保証がないよ!」
絶壁を結ぶこの橋は触れただけでも揺れてしまう程に不安定な構造をしています・・・その下には断崖に挟まれた河川が深く見えていて、見下ろすだけでも眺めが良い程に聳えています・・・余りにも危険なため、小鞠先輩が引き止めます。
そこで、私はもっと確実な案をみんなに話してみました。
「今まで来た元の道へ戻れば帰られると思いますけど・・・(汗)」
「それじゃあ・・・冒険の意味ないじゃん」
「そうとも!・・・ほたるん・・・未知なる場所を通過していくことが冒険なん!」
「はあ〜・・・(汗)」
やはり拒否されました・・・確かに2人の仰っていることは一理当たっていますが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではないのです!
しかし、何度歩いてもなかなか抜けられません・・・この森に包まれた道のりを暗中模索と探しているようなものです・・・どうやら、完全に迷っています・・・
携帯電話もすでに圏外となっており、メール自体も送信ができない状態です・・・
「ここも行き止まりだ・・・」
その先には、天を衝かんばかりに聳える山々が見えているだけでした。
「そう言えば、ひか姉が言っていた・・・噂では、この山奥は一度迷い出すと2度と戻れないとの話を聞いた!」
「「「今更になって言うな!!」」」
突如思い出したれんげちゃんが深刻な顔で語っていました。それを姉妹の先輩2人がツッコミます。しかし、その噂話を聞かされただけで、内心では真の恐怖を味わっています・・・
「そんな〜・・・」
ついに遭難状態に陥ってしまいました・・・うつろな瞳で見下ろしている私は途方に暮れていました。
「ああ〜・・・こんな時にペチでも来てくれたらな・・・(涙)」
この時、自宅に飼っている犬『ゴールデンレトリバー』のことに脳裏を浮かべていました。
自分のペットを頼りにすれば、確実な方法で脱出できるのでは・・・今の私の発想は幻想的でした。無い物ねだりをしていても今の事態は解決しないのです・・・そう迷っている間にも、時間だけが経過していきます。
「大丈夫だよ蛍!・・・わたしがきっと帰られるようにするから!」
「せんぱい・・・?」
泣き崩れている私を励ましてくれているのは小鞠先輩でした。
「今日、お母さんと帰る約束しているんでしょう・・・泣いては駄目!・・・もう少し頑張って出口を探していこうよ!」
「うん・・・ありがとうございます」
覇気を出してみんなを引っ張っていくところは、可愛くても頼れるお姉さん的な存在でした。私は自分の涙を手で拭きました。
「出口を探す?と言っても・・・こんな場所から何処へ向かうの?・・・姉ちゃん」
「絶対に・・・何とかなるよ!」
すぐさま私の手を引っ張りながら、当てずっぽらに抜け道を探し始めました。彼女を先頭に他の3人も後を付いていきます・・・岩谷でも・・・草村の中でも・・・迷路のような細道を東奔西走と駆け付けて行きます。何処に出てしまうのか不安は募りますが、今の私にとっては小鞠先輩を信じる事でした。
しかし・・・急な坂を下っているその時・・・
「うあっ!?」
「ちょっと、れんちゃん!・・・押さないでよ!」
「わっ!わっ!・・・いきなり滑ったの〜〜ん!!」
「2人ともどうしたってのよ・・・きゃあ!!」
「いやあ〜〜・・・せんぱ〜〜い!!」
「・・・!?(兄)」
「「「うああああ〜!!」」」
最後にいたれんげちゃんが湿った泥土を踏んでしまいました!・・・その前に並んでいた4人全員が将棋倒しのように転がっていきます!・・・しかも、傾斜面で滑りやすいので勢いも止まりません・・・
もしかして・・・れんげちゃんが語っていたのは、こう言うことなのかもしれません!?・・・先の見えない坂道は永遠に続くようです・・・
そして・・・
「ここは、何処なのん?」
果たしてどれだけ転がってしまったのでしょうか?・・・気が付いた目と鼻の先には平坦な畑と岩肌が見えていました。
「ん?・・・あれって!?」
畑の方面から少し先へ進むと、何処かで見たことのあるような神社がありました・・・
「ひょっとして!・・・うちらって戻って来られたんじゃないの!?」
「あら・・・本当だ・・・バスも見えていますよ」
神社を通り過ぎると秘境感あふれる集落と奥古木双線バスが通過していくのが見えました。ようやく我が村へ戻って来たのです!
「奇跡の生還なのん〜!」
「良かった・・・」
安堵の息を吐いているのは小鞠先輩でした。そして涙ぐんでいます。
「泣いては駄目と言っておきながら、結局自分が泣いちゃうのだからね(笑)」
「うふふ・・・先輩が励ましたおかげですよ・・・」
「もう・・・またみんなの前で恥ずかしいところ見せられたよ〜・・・(涙)」
この時・・・
“ぐ〜〜〜!”・・・
「お腹すいたのん・・・」
「うちもだ・・・もう、へとへと」
「私もですよ・・・さっきから」
「ぐ〜・・・(兄)」
全員の腹の虫が鳴っていました・・・
その時・・・腹の足しになるような民家が1件見えました・・・駄菓子屋さんです!
「おお〜!!・・・丁度良い所に出店があったぞ!!」
「中へ入って、食べ物をお裾分けしてもらおうよ」
腹ぺこ5人は早速店の中へ入りました・・・どうやら、誰もいないようです・・・正面カウンターには卓上ベルが置かれてあります・・・
「お〜い!・・・駄菓子屋〜!・・・何か食い物ちょうだい!」
図々しくもれんげちゃんがダイレクトに叫んでいます。
「何だ・・・またお前らか!?」
呼ばれて、不機嫌な顔をしながらカウンター前にやってきました。名前は加賀山楓さんです。
女子にしては茶髪のヤンキー風な感じで少しサバサバしています。みんなからは『駄菓子屋』とあだ名で呼ばれているそうです。一応・・・このお店の経営者になっていますが、この村唯一の商店のため、販売員になってもラフな服装をしています。
「うちら、課外学習で歩き過ぎちゃって・・・」
「今朝から学校サボってまでか?」
やはり大人の目は誤魔化せられません・・・意表を突くような発言で問い詰めてきます。
「あの・・・実は・・・これには深い理由があって・・・」
小鞠先輩もみんなの前で何とか助言していますけど・・・緊迫し過ぎてあたふたとしているようです。
「そうそう・・・朝から木の実だけしか食べていなくってさ・・・みんなお腹空いているんだ・・・お小遣いも無くてさ・・・それでですね・・・何か美味しいものを頂きに参りました!」
恐れ多くも楓さんの前に敬礼する夏海先輩です・・・そして両手を出しながらねだっています・・・
「あほ・・・お前らに差し上げるものなんてねえよ!・・・腹減ってんなら、外の河で泳いでいる田螺でも食っとけ!」
やはり断られたそうです・・・毎度のことですね・・・
「ちぇ・・・駄菓子屋はやっぱりケチだな」
「うるせー!・・・用が無ければ、はよ帰れ!」
犬猿の仲のようにお互い不満げな態度で睨み合っています。
そこで私が本人に直接話して見ました。
「あの・・・今朝から学校へ行かなかったことは、誠に不誠実だと存じます・・・昨日から冒険で疲れて、ろくに食事も摂っておりません・・・何かお裾分けできるものであれば、パンの一切れでも構いません・・・どうかご提供お願いします」
丁寧な言葉遣いでお願いしてみました・・・卓先輩も一緒に頭を下げています。
その誠意に、息を吐いた楓さんはこう答えてくれました。
「そうか・・・蛍ちゃんにしては残念だよな・・・でも、友達の誘いはともかく、学校だけ真面目に通っていたほうがいい・・・あたしも人のこと言えないけどね」
「はい・・・気を付けます」
「これ、良かったら食べていってよ・・・心当たりのものだけど・・・」
「え?・・・これって?」
「カップラーメンだよ・・・お湯は出入り口前にポットがあるから好きなだけ使うといい・・・あと、クッキーも焼いたけど・・・これも渡すよ」
楓さんがわざわざ人数分の食料を用意してくれました。袋を詰めてから私と卓先輩に手渡します。
「わあ・・・良かった・・・あっ!・・・でも商品だから・・・お代は後でお支払いいたします」
「別にいいよ・・・期限も近いことだし・・・蛍ちゃんが元気でいるだけでも何よりですよ」
「どうも、ありがとうございます」
人徳とは、こう言う意味合いなのかもしれませんね・・・私は楓さんに対して心からお礼を言いました。
「えへへ・・・いやったあ〜!・・・ただで食べられるなんて!・・・蛍、兄ちゃんようやった!」
「え・・・ええ」
これは占めたものだと・・・調子よく声を上げる夏海先輩が私と卓先輩の肩をぽんぽんと叩いています・・・
「お前らは、ちゃんと払ってもらうからな」
「「「げっ!・・・どうしてだよ!!」」」
ところが、3人に対して楓さんは無愛想な態度をとります。
「クッキーも出してあげたことだし・・・そうだな・・・1人当たり500円にしておくか・・・支払いが遅かったら利子付けるぞ」
「ひで〜な!・・・駄菓子屋〜!」
更には、小遣い無一文の3人に金額まで要求してきました・・・その中の1人、夏海先輩はガックリしているようです。
それから私達は、少し時間遅れてから昼食に入ります。
駄菓子屋出入口前のベンチでカップラーメンを頂きました。
「あ〜!・・・腹ごしらえのラーメンは旨い!」
「クッキーも甘くて美味しい」
「うお〜・・・元気もりもりん!」
「あら、それって・・・何か力自慢みたいだよ」
腹ごしらえしたれんげちゃんは、表情を豊かにしながら思い切り体を伸ばしています。1年生のお子様は元気回復のようです。そのはしゃいでいる姿を見て、片足を膝にかけながら座っている小鞠先輩はクールな笑みを浮かべています。唯一感情の違う2人の相違点は、ここで逆な立場になっていました。
この一時でくつろいでいる他の皆さんはやはり疲れ切っている様子です。私は、無事に戻れただけでも一安心です。お母さん、きっと心配しているでしょうね・・・
そして、私達は越谷家にたどり着きました。
「ようやく帰れたよ〜・・・(涙)」
「おお〜・・・もう2度と帰れないと思ったよ〜・・・」
2人は玄関前の軒下で抱きついています・・・余程に我が家のことが懐かしく感じる小鞠先輩と夏海先輩でした・・・久しぶりに自宅に帰られた安堵感で精神的にも疲れもたまっていることでしょう・・・
「ふ〜・・・良かった・・・」
門柱で腰を下ろしている卓先輩もきっと同じ気持ちになっていると思います。ため息を付く私とれんげちゃんはその横で見守っています。
「制服も汚しちゃったよ・・・早く中へ入っちゃおうよ・・・夏海」
「おう〜・・・そうだよね」
「みんなもわたしん家で、お風呂入ろうよ・・・シャワーしかないけどね」
「は〜い(にこ)・・・(ここで、先輩と一緒にお風呂・・・うふふ)」
私は何故か、小鞠先輩のことで妄想を始めていました・・・
しかし・・・浴室の蛇口をひねると・・・
「冷たい!?・・・」
「ちょっと・・・お湯ちゃんと出しているの?」
「そりゃ・・・出しているさ」
冒険から帰って来て、早速入浴すると思いきや、今度はシャワーからお湯が出ない事態に陥っています。
「うちらって・・・この時間は湯沸器も点火状態だよね」
「点火も何も、毎朝から付けっぱなしでしょ」
そこで越谷家の母親、雪子さんがやってきました。少しセクシーでシビアな感じの母親です。
「あんた達・・・何処行ってきたのよ!・・・昨日から帰ってこないで!」
「いや〜・・・学校の1日体験学習というものがありまして・・・」
「嘘おっしゃい!!・・・今日、全員が学校へ行かなかったんじゃないの!・・・さっき、担任の先生から電話があったのよ!」
「(ギクッ)その・・・それは山で自習学習をしてきたんだよ・・・ほら、うちらのクラスって毎日が自習じゃん・・・だから自然というものを体験に気分転換で学習するのもいいんじゃないかと思っていてね」
「バカなこと言わないで!!・・・兄ちゃんと姉ちゃんも一緒に!・・・勉強を疎かにするんじゃないよ!!」
「ごめんなさ〜い(涙)」
「・・・(汗)」
夏海先輩が上手く言い訳するも、母親・雪子さんは絶対に容赦しません・・・そのおかげで小鞠先輩と卓先輩までとばっちりが来たそうです・・・私も我が身でないことを祈るしかありません・・・幸いにも両親は留守中なので連絡はつかないと思いますが・・・それはともかく、皆さんが体を汚してしまっているため、今は入浴することが先だと思います。
お湯が出せないとのことで台所を覗うと・・・年配ぐらいの2人の業者が修理を進めています。原因は小型ガス瞬間湯沸器の不良のようです。
「そんな・・・これじゃあ、お風呂に入れないじゃないの!」
「仕方ないじゃない・・・今朝からお湯が出なかったから・・・」
「わたし達・・・外で歩き疲れて、それでだいぶ汚してきたのよ!」
「うんうん・・・(兄)」
「だいたい・・・いい年超えてまで、どうしてそんなに汚してくるのよ!」
今度は夏海先輩と小鞠先輩が母親・雪子さんに追求しているようです・・・兄・卓先輩も無言で頷いています。しかし、そこでも説教を促します。
わがままな子供達に責められている母親を見て、1人の業者が”親って大変ですね”と同情していました。
湯沸器カバーを開けて綿密に確認したところ、ガス漏れは無いようです・・・しかし、種火が点火しない状態でした・・・修理しても治せない程、完全に故障しているようです。
「今、近くのメーカー代理店に急遽連絡しますから・・・しばらくは待ってくださいね」
「すみません・・・お願いします・・・」
そこで、もう1人の業者がガス器具の販売業者へ注文の手配をかけています。
しかし、電話で覗ったところ、在庫に無いとのことで返答が来たそうです・・・
「新しい湯沸器・・・発注するのにも期間がかかるそうだって・・・」
「どの位かかるのですか?」
「そうですね・・・1ヶ月程に・・・」
「い・・・1ヶ月も!?」
「その間・・・どうやってお風呂に入るのよ!」
「水道水だけで済ましたら?」
「水で入るのは寒くてやだ・・・」
もう寒い季節なので、小鞠先輩はがっかりしているようです・・・
「まあ・・・そのために、業者が代わりのものを無料で持ってくるらしいから・・・」
「ただで?」
「なら・・・いいけど・・・(ため息)」
しばらくしてから・・・越谷家に新たなガス給湯器が設置されました。新品が調達するのに日数がかかるため、業者が代替品を準備してきたそうですが・・・
「パ◯マ製の中古品だけど、まだ使用程度は良好ですから・・・一応、湯加減などはこのつまみとかで調整しなければならないけどね」
「めんどくさいな・・・でかいし」
「この給湯器・・・何か危なくない」
「こらこら・・・折角サービスしてまで穏便聞かせてあげているのに・・・そんなこと言わないの!」
旧型な感じの大きめのガス器具を見て、わがままにも夏海先輩と小鞠先輩が不平不満なことを言っているようです。
なめらかなカーブで描いたイカのような形状の鉄製の給湯器・・・表の色は白色で裏側のベースは青で塗装されています。上部は台形のバフラーにファンモータ付きの排気管は屋外に貫通するような仮設置で施されています。点火つまみと温度調整のつまみなどが下中央に縦3箇所並んでいて、それらの真上には楕円形ののぞき窓があり、点火状態が確認できるようです・・・その機器の中からはガス管のようなに臭いがしますが・・・
「取説はお渡しますので、取り扱いにご注意お願いいたします」
「ええ、助かります・・・ご丁寧に、どうもありがとうございます」
「では、お邪魔しました・・・」
お互いに丁寧に挨拶した後、業者は玄関から去って行きました。
「ん?・・・れんちゃん、何しているの?」
「お絵かき・・・お絵かき・・・」
きょとんとしながら夏海先輩が尋ねると・・・いつの間にか、れんげちゃんが不穏な鼻歌をしながら給湯器に何かを描いているようです・・・
しかも、密かに油性ペンキを使用しており、専用の薄め液まで準備してあります・・・
「できた〜!・・・アニメ『ごちうさ(ご注文はうさ◯ですか?)』キャラクターの痛給湯器なん」
「痛給湯器?」
「これを見れば、お風呂入るのが楽しくなるん」
「はあ?・・・ますます訳わかんないよ」
完成した絵はコーヒーカップを手にしているメイド風な女の子達の微笑ましい姿でした・・・しかし、描写にしては小学1年生らしいクレヨン描きのような少し雑な絵でした。
彼女のオタク道は一体どこから影響を受けてきたのやら・・・やはり感覚がずれているせいなのでしょうか?
お子様のような無垢な歓声に周りの皆さんも唖然としています。ただ、描かれている女の子達が萌えキャラ風な感じだったので、兄・卓先輩だけは凜々しい顔で反応していました。
「もうお湯は出るから、お風呂に入ってもいいよ」
「あ・・・はあ〜い!・・・ほら、蛍も一緒には入ろう」
「は〜い・・・先輩」
入浴の準備が出来たそうです。母親の号令がかかると、みんなで浴室へ向かいます・・・
* * * * *
お風呂上がり後・・・新しい服に着替えた私達は部屋で髪を整えています。
浴室前の台所を一瞥すると、入浴前の卓先輩が絵柄の給湯器にまだ見とれているようです・・・
「ふ〜・・・従来よりかはシャワーの出方が安定していたね」
「大型だもんね・・・湯加減もしっかり調整できていたし」
「痛給湯器・・・成功なのん!」
「れんげが描いたおかげじゃないから・・・」
「先輩の身体・・・触っちゃった・・・細くて色白で柔らかくって綺麗だったなあ〜〜(えへへ)」
「ん?・・・蛍?・・・何か良いことあったの?」
「いいえ・・・何でもありませんのことよ・・・」
小鞠先輩と初めて入浴した私は、お風呂上がりでも想像する幸せ気分がまだ頭の中で運び込まれています・・・
ぴぴぴ・・・♪
「あっ!」
この時、衣服に挟まれた携帯電話の着信音に気付きました・・・お母さんからです。
私は脳内回路をしばし停止させながら応対しました。
「はい・・・」
「「蛍・・・今何処にいるの?・・・さっきから待っているけど」」
「あっ!?・・・御免なさい・・・い・・・今、越谷さんのお家でお風呂に入ってもらっていたところなの」
「「越谷さん家のところだね・・・じゃあ、今からそっちに向かうわ・・・」」
何かと不機嫌そうな様子でした・・・低い声で言った後、電話が切れてしまいました・・・
「ええええ〜〜〜!?(が〜〜ん)」
うっかりしていました!・・・今日、一緒に帰るために学校で会う約束でした。
部屋の壁掛け時計を確認すると、放課後時間がもう過ぎていました。
「わあ・・・どうしましょう・・・どうしましょう・・・」
きっと、お母さん怒っている・・・普段は約束を破らない程の誠実な私が時間を守れませんでした・・・慌てふためく私は帰る支度をしています。
「蛍?・・・急に鞄ひさげちゃって、どうしたの?」
「先輩・・・お母さんがこっちに向かっているの・・・」
小鞠先輩がきょとんとしながら様子を尋ねてきました。私は少し情けない表情で答えていました。
「あら・・・丁度良かったじゃない・・・ゆっくりしていきなよ」
「でも・・・」
何事もないような様子で私を部屋へ誘います。小鞠先輩の部屋でくつろぐことは普段なら嬉しいことです。でも、どうしても、どうしても気まずいのです。お母さんが来る前に何とかして部屋から出ないといけません・・・
「喉渇いているでしょ・・・ジュースでも飲みながらゆっくりお話しようよ」
「ええ・・・」
そして、何食わぬ顔で御盆からオレンジジュースを手渡してきます。私は顔色を隠しながら応対しています。
「下校時間も過ぎたことだし、今日はのんびり休もう〜!」
「おお・・・昼寝なのん〜」
姉の部屋もお構いなしに、夏海先輩とれんげちゃんの2人はベッドでまったりしています。
この物語のタイトル通りに皆さんはのんのんとしています・・・対照的に私は心が落ち着かず、身体に冷や汗が滲んでいる状態でした・・・
しかし・・・それも束の間です!・・・
修羅場はあっという間にやってきます・・・
越谷家の玄関からノック音が鳴っていました・・・
”はい・・・”と雪子さんが返事して玄関へ向かっていきます。
”すみません”とお伺いする声が聞こえました。間違いなくお母さんからです!
部屋からちらっと覗くと、雪子さんとご対面している様子が見えています。
「ほたる〜〜!・・・そこにいるの!?」
どうやら気付いたみたいです・・・遠くから叫び声が聞こえます。
ビクッとした後、私は身辺が慌ただしくなり始めています。
しかし、もうそんなことは言ってはいられないのでした!
ここで覚悟を決めて、母親のところへ向かいます。
「ママ〜・・・ごめんなさ〜い・・・」
唐突にみんながいる前で声をもらしました。そして、玄関前の床下で腰を下げます。
「どうか、約束時間を守れない不真面目な私をお許しください・・・次から気を付けますから・・・ちゃんと学校も行きますから(涙)」
私は、母親の前でとことん頭を下げます。そう・・・待ち合わせ時間を守れなかったことと、今日1日、学校を自主的休養したことです。
きっと、放課後に先生からにも事情を聞かされていたことでしょう・・・
約束通りの時間ですんなり会っていれば、みんなの前で怒られなくても済んでいたはずだのに・・・
でも、その思いも幻となって消えてしまった今は何も解決にもなりませんでした。
「え?・・・蛍どうかしたの?」
「どうかしたって??」
ところが・・・お母さんは、私の状況にどうやら気付いていないようでした。
「余りのも遅いから、ママは心配で電話したの・・・お友達のお家にいるなら、ちゃんと連絡して欲しかったな・・・でも、何事の無くって良かった」
すると、何かと困ったご様子で言っていました。その後、表情を和らげています。
「心配かけてごめんなさい・・・」
恥ずかしくも私は自分の行動に取り乱してしまったようです。今の状態がのみ込まれないまま素直に答えただけでした。
「奥さんがわざわざお迎えに来てくれて・・・蛍ちゃんよかったね」
「はい・・・ご迷惑おかけします」
その様子に雪子さんが微笑みながら励ましの声を飛ばします。
「な〜んだ・・・蛍、自分の母親に『ママ』って言っているんだ」
「そっか・・・わたし達に恥ずかしいところが見られないように拒んでいたんだね」
「全く・・・自然体でいいのに・・・姉ちゃんみたいにオープン化しなよ」
何処からかともなく、屈託のない笑みをみせる先輩2人が横から聞いているのを見えました。どうやら別の意味で勘違いしているようでした。話を飛躍させられて取り乱してしまっている私は、赤くなってしまった頬を両手で隠しました。確かにお友達には聞かせたくなかったのもありますけどね・・・
「あのね・・・今日、担任の先生に会わなかった?」
「ええ・・・会ったわよ・・・どうかしたの?」
「あの・・・その・・・」
どうやら、途中で出会ったようでした・・・
不覚にも今朝からズル休みしたことが気づかれているのかもしれません。
「大丈夫よ・・・私が上手く話しておいたから」
「あっ?・・・先生?」
そこで、担任の一穂先生が越谷家にこっそりとやって来ました。そして、ニンマリと満面の笑みを浮かべながらこう言っていました。
「一条さんは初めての野外学習できっと疲れていたんだよね・・・母親はいつも不安な面持ちだったのよ」
「え・・・ええ・・・気遣ってくれて、どうもありがとうございます」
私はホッと胸をなで下ろしました。日頃からの真面目な私を大目に見てくれているようです。この時の母親も一穂先生に対して頭を下げていました。
「ほたるん、頑張った!・・・ドンマイドンマイなん」
「れんげちゃん・・・ありがとう」
「じゃあ、れんげ・・・そろそろ帰ろっか」
「ねーねー・・・ウチ・・・今日の夕飯、カレーライス食べたいん・・・あと、駄菓子屋に500円のツケもあるん」
「はいはい・・・」
一穂先生と妹のれんげちゃんは、地平線に沈む夕日に向かって去って行きます。
「さようなら・・・」
私とお母さん、そして越谷一家は2人の姿を背後から見送っています。
それから・・・
久しぶりに自宅へ帰って来た私は自分の部屋で2等身の小鞠先輩のぬいぐるみを作りました。毎日の趣味として楽しんでいるため、手製した同じぬいぐるみが部屋中でいっぱいになっています。
「うふふ・・・今回のこまぐるみは、一番上手く仕上がっているかも」
片手を上げながらガッツポーズを見せている力強い笑顔はとても格好良く決まっていました。憧れの先輩達と体験したはちゃめちゃでスリルのある冒険だったけど、思い出残る2日間でした。
物語はこれにて終了!
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